2025.8.20
フットサルの魅力を、子どもたちへ。世界を渡り歩いた、元プロ選手がたどり着いた場所。
夏の陽射しが照りつける若狭和田ビーチ。心地よい海風が吹き抜ける中、砂浜にはボールを追いかける子どもたちの元気な声が響いています。
『ビーチサッカー大会 in Wakasa Wada』は、毎年8月下旬に開催されており、2025年は8月30日(土)・31日(日)の2日間で行われます。小学生から大人まで、幅広い世代が参加するこの大会は、今年で14回目を迎えます。
主催するのは、元プロサッカー選手で、舞鶴市で「GILL FUTSAL CLUB(ヒル フットサルクラブ)」を運営する竹辺エイジさん。
2年前に高浜町へ移住し、海と自然に囲まれた暮らしを楽しみながら、地域での活動も広げておられます。
竹辺 エイジ さん
1996年に来日。日本の中学校卒業後、ブラジルへサッカー留学し、半年後にパラグアイのプロチーム「スポルティポ・イテーニョ」と契約。その後、ドセ・デ・オクトーバに移籍し、国際経験を積む。怪我をきっかけに帰国し、滋賀フットサルクラブに入団。全日本選手権5位入賞後、名古屋オーシャンズ(当時BANFF)からスカウトされ、国内大会で活躍。2008年、舞鶴初となるフットサルスクールを設立。
プロサッカー選手として
夢を追い続けた日々。
竹辺さんは南米・パラグアイの出身。5歳でサッカーを始め、8歳から12歳までは世代別代表として活躍されました。13歳のとき、両親の仕事の都合で日本へ移住。高校在学中にスカウトを受け、ブラジルへサッカー留学を果たします。
その後、パラグアイのプロチームと契約し、ブラジルとパラグアイのクラブを渡り歩きながら、チームの司令塔としてリーグ昇格に貢献。名だたる選手たちと肩を並べてプレーするなど、国際的な舞台で実力を発揮されました。
※写真はイメージです
しかし、右膝の大けがをきっかけに日本へ帰国し、リハビリ生活を送ることに。そんな中で出会ったのが、フットサルだったといいます。
竹辺:
「フットサルをやっていくうちにどんどんハマってしまって。当時所属していたチームで全国優勝したり、日本のフットサルリーグ(Fリーグ)が立ち上がったときにはスカウトの声をかけてもらったりしたんですけど…」
プロとしての夢を追い続けていた竹辺さんでしたが、さらなるケガの影響もあり、選手としての道に区切りをつけることとなりました。
指導者の道。
フットサルの魅力を子どもたちへ。
選手引退後、竹辺さんは母親が暮らしていた京都府舞鶴市に拠点を移し、21歳で指導者としての道を歩み始めました。2008年には、舞鶴で初となるフットサルスクール「GILL FUTSAL CLUB(ヒル フットサルクラブ)」を設立。
▼青葉ドームで行われた、高浜のクラブとの合同練習
竹辺:
「選手として活躍できなくても、これまでの経験から何かできることがあるんじゃないかと思って、指導者の道に進みました。現在は、幼児から中学生まで約120人が在籍し、綾部や高浜など近隣地域からも多くの子どもたちが通っています。うまい選手を育てるだけでなく、フットサルを通じて人間性も育てられるような指導を心がけています」
▼コーチ・スタッフは、ほぼボランティア
2009年には、社会人向けの舞鶴フットサルリーグを立ち上げたり、「舞鶴フットサルフェスタ」なども開催。地域に根ざしたフットサル文化の土台を築いてこられました。
竹辺:
「日本だと “サッカーをやっている人がフットサルもやる” っていうイメージが強いんですけど、実は逆のほうがいいと言われています。南米ではまずフットサルから始めて、そこから8人制、11人制とステップアップしていく。プロになる選手も、だいたいその流れです。フットサルをやることで、足元の技術がすごく良くなるし、視野も広がる。判断も速くなるし、狭いコートで鍛えられてる分、広いピッチに出たときに “全部見える” ようになるんですよ」
広い砂浜がコートに。
夏のビーチで繰り広げる熱い試合。
「ビーチサッカー大会 in Wakasa Wada」には、福井県内だけでなく、京都や滋賀など県外からも多くのチームが参加。2日間にわたり、U-9/U-12、U-15/高校生/一般と年齢別に試合が行われ、毎年熱いプレーが繰り広げられます。
この大会の舞台となるのは、若狭和田ビーチ。青く澄んだ海と青葉山に囲まれた絶好のロケーションです。あえて人工芝ではなく砂浜でプレーするのには理由があります。
竹辺:
「ビーチでのプレーは、普段の環境とまったく違うので、体も頭もたくさん鍛えられるんです。だからこそ楽しいし、仲間とのつながりも強くなる。また、自然を感じて、動いて、心も体も解放してほしいという思いがあります」
大会はビーチクリーンからスタート。自分たちがプレーする場所を、自分たちできれいにするところから始まります。
試合が始まると、子どもたちの表情は一変。真剣なまなざしでボールを追いかけます。
砂浜で転んでも、すぐに笑顔で立ち上がり、またボールを追いかける子どもたち。その姿に、見守る大人たちの応援にも熱がこもります。普段とは異なる環境だからこそ育まれるチームワークや、ひらめきのあるプレーが次々に飛び出します。
夜には、協賛企業によるビンゴ大会や花火も開催。サッカーを楽しむだけでなく、子どもたちや家族、地域にとっても、特別な夏の一日になります。
竹辺:
「たくさんの企業さんに協賛していただいているおかげで、大会を続けられています。最近はビンゴ大会や花火もできるようになって、子どもたちもすごく喜んでいます。スタッフやコーチ、保護者の方など、多くの方に支えてもらっていて、本当にありがたいです」
竹辺:
「ビーチでプレーすることで、たくさんの人に見てもらえるし、それをきっかけにサッカーやフットサルに興味を持ってくれたら嬉しいですね。
また、この大会を通して、きれいな砂浜と海、ドーンと広がる青葉山のあるこの最高のロケーションを、もっと多くの人に知ってもらいたい。浜茶屋のご飯も味しいし、子どもたちにも県外の人たちにも体験してほしいです」
静けさとにぎわいの間で。
高浜で見つけた心地よい日常。
現在、竹辺さんは福知山・舞鶴・高浜の3拠点で活動中。昨年、自身で立ち上げた土木関係の会社を経営しながら、フットサルスクールの運営も続けています。
高浜町に移住したのは2年前。きっかけは、知人から「空き家があるけど住んでみないか」と声をかけられたことだったそうです。
竹辺:
「いつかは自分の家を持ちたいと思っていたんです。そんな時、友人に高浜の青郷地区にある空き家を紹介してもらって。もともと高浜にはよくご飯を食べに来ていたし、13年も若狭和田ビーチで大会を続けていると、浜茶屋や FAMILIAR(ファミリア)で友達もたくさんできて。海も好きだし、静かで畑もある。理想としていた田舎暮らしができる場所だったので、移住を決めました」
▼古民家を活かした遊び心のあるお家
写真:竹辺さんfacebookより
現在は築105年の古民家で暮らし、畑ではキャッサバやトマト、ピーマンなどを育てているそう。
竹辺:
「キャッサバは、友達が喜んで食べてくれるので、よくおすそ分けしています。トマトやピーマンは、自分で食べる分くらいを育てていて、畑仕事も楽しみのひとつです。パラグアイや海外の友達が遊びに来たときには、BBQをしたり、フットサルクラブの子どもたちと合宿をしたりして、にぎやかに過ごすこともあります」
竹辺:
「平日は京都を中心に働きながら、自然豊かで静かな場所で暮らせるのが、今のライフスタイルの魅力ですね。海でぼーっとする時間も好きです(笑)高浜は人が優しくてあたたかい。飲食店のご飯も美味しいし、とても気に入っています」
写真:ヒルフットサルクラブのInstagramより
プロサッカー選手として世界を渡り歩いた日々から、いまは海と山に囲まれた高浜と舞鶴で、地域に根ざしながら暮らす竹辺さん。その言葉や行動には、子どもたちの未来に向けた想いと、フットサルを通じて人を育てる情熱が、まっすぐに込められていました。
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